2030年までに達成すべき短期目標「2030 年ネイチャーポジティブ」 実現のために、5つの基本戦略の各状態目標・行動目標の達成に向け、各施策を着実に実施する必要がある。施策実施にあたり、長期的視点に立ち、生物多様性が持つ複雑性・ 不確実性や、本戦略が目指す自然共生社会像に向けた地域の在り方等を踏まえる必要がある。
科学的な認識と予防的/順応的な取組
生物多様性の保全と持続可能な利用は、自然の特性やメカニズム、歴史性を理解し、科学的データに基づき行う必要がある。それにより多くの人に取組重要性や効果を示すことができる。
生物多様性に関する知識や理解は限られているが、生物多様性への影響が懸念される問題への対策を、
科学的知見が十分ではないことや不確実性を伴うことをもって先送りするのではなく、科学的知見の充実に努めつつ、予防的な対策を講じる「予防的な取組方法」に基づく取組を実施することが原則である。
生態系は複雑で絶えず変化し続けるものであることから、政策判断後においても、生態系変化に応じた柔軟な見直しが大切であり、新たに集積した科学的知見や、施策の実施状況モニタリング結果評価に基づき、施策の追加・変更・中止等の見直しを継続して行う「順応的な取組方法」の考え方に基づく必要がある。
わかりやすさの重視
生物多様性は、何をすればその保全や持続可能な利用に役立つか分かりにくい課題がある。
生態系サービス評価取組の成果等も活用し、人々の生活に生態系がどう関わり、貢献するか分かりやすく示すことが大切である。
生物多様性の保全に関して、気候変動対策と異なり明解な指標はなく、生物多様性の保全のためにとるべき行動・効果評価も難しい面がある。生物多様性に関する政策の立案や実行、効果検証に至る課程において、EBPM(証拠に基づく政策立案)の考え方に基づき、施策の実施から成果、その結果としての生物多様性保全等の効果までの道筋を示し、それらを教育や普及啓発等により発信することが重要である。
本戦略の下で実施される生物多様性に関する施策と、国際的な目標、昆明・モントリオール生物多様性枠組との整合や関係性を示すことが求められる。
地域性の尊重と地域の主体性
本戦略の取組を進める上で、地域の生物多様性を形づくってきた自然環境や野生生物の分布状況、歴史や文化、人と自然との関わり等を踏まえることが重要である。教育・研究機関、専門家、その地域に長年住む農林漁業者や住民等との連携を図り、協力や助言を得られる体制を整え、地域で引き継がれている知識や経験に関する情報を蓄積して積極的に活かすことが効果的となる。
このため地域が当事者意識を持ち、主体性発揮し、自ら地域の目標を定め、地域に適した取組を進めることが重要である。地域における生物多様性に関する活動維持や活性化、土地利用の方向性の検討における有用手段が、多様な主体の参画を得て地域自らで作り上げる生物多様性地域戦略であり、地域ごとの取組の方向性や各主体の役割、目指すべき地域の姿を明確にし、持続的かつ魅力的な地域づくりが推進されると考えられる。
生態系のつながりを意識した取組
生物多様性の保全と持続可能な利用を図る上で、それぞれの生態特性に応じて、生息・生育空間のつながりや適切な配置が確保された生態系ネットワークが形成されることを念頭に取り組む必要がある。
その際、流域を基軸として関連する流域圏をひとまとまりとして捉える視点も重要であり、森林と海は河川でつながっている。さらに流域を越えたつながりから、全国規模のつながり、地球規模のつながりまで、それぞれのつながりを意識した広域的な視点を持ち、各地域における個別具体的な課題の解決に向けた取組を進めていくことが重要である。
長期的な視点に立った取組
短期的な生産性や効率性を求めるのではなく、自然資本を持続的に保全し、回復能力を超えない範囲で利用する長期的利益も考慮することが原則となる。さらには、自然資本を維持するだけでなく、今まで以上に回復させ、様々な恵みを世代を超えて享受できるよう取り組む姿勢が求められる。
個別の取組に際して、長期的な変化を見据えて取り組むことが求められる。
気候変動や地球規模での生物多様性の損失等、生じうる様々なシナリオにおいても持続可能性が確保できるよう、変化への強靭性を兼ね備えた生物多様性豊かな自然資本を長期的視点に立って着実に維持・回復させることが重要であり、劣化した自然資本の回復には長い年月を要するため、問題を先送りする
ことなく迅速に取り組む姿勢も求められる。
社会課題の統合的な解決への積極的活用
生物多様性の低下傾向は、生態系の保全と回復の強化、汚染や侵略的外来種への対策等の自然環境の保全目的の取組だけでは止められない。持続可能な食料生産や、消費と廃棄物の削減など様々な分野が連携して取り組む必要がある。
生物多様性の損失を止め、回復に向かわせるためには、生物多様性・自然資本・生態系サービスを社会・経済活動の基盤として捉え直し、それらを活かして多様な社会課題の解決につなげる「自然を活用した解決策(NbS)」の取組を積極的に進める必要がある。
多様な主体の連携・協働の促進
生物多様性の保全と持続可能な利用の促進には、各主体間の連携と協働が一層重要となる。
まず地域においては国、地方公共団体、農林漁業者、事業者、民間団体、専門家、教育関係者、地域住民などの多様な主体間がより一層の緊密に連携し協働できる仕組みを設けることが求められる。
多様な主体による取組の進捗状況の把握のための仕組み
昆明・モントリオール生物多様性枠組では、世界目標達成に向け、地域に即した取組が重要であるとされ、そのために多様な主体が取組に参画する必要がある。本戦略の達成状況の評価には、多様な主体の取組を如何に把握・分析・評価を行うかが重要となる。
本戦略を実施するに当たり、地方公共団体、企業、NPO、個人などによる本戦略の目標達成に貢献する取組を集約する仕組みを構築し、定量的に評価することとする。
各主体に期待される役割と連携
生物多様性国家戦略の基本戦略達成に向け、各主体に期待される「役割」と「主体間の連携」につい
て、その代表的な例を示す。
①地方公共団体
地方公共団体が地域の自然的社会条件に応じたきめ細かな取組を進めることは、生物多様性の保全と持続可能な利用を進める上で極めて重要な役割を果たす。
市町村には日々の生活や、地域住民に身近な生物多様性に関する活動、学校教育・社会教育を通じた人材の育成等において重要な役割を果たすことが期待され、都道府県には市町村を越えた生態系ネットワーク構築等の連携促進、市町村取組に対する人的・技術的・資金的支援等において重要な役割を果たすことが期待される。
②事業者
事業者は、事業活動において自然資本を利用して商品・サービス提供する一方で、土地利用の変化や汚染物質の排出、外来種導入などにより生物多様性に負荷をかけている。
そのため、自らの事業活動と生物多様性の関係性を把握し、生物多様性への負荷低減の方策検討や実施体制の構築が求められる。ネイチャーポジティブ経済の実現に向け、事業者は中心的役割を担うことが期待される。
特にサプライチェーンは、原料の生産から輸送、加工、販売、廃棄に至るまでの過程で生物多様性への負荷を低減させる必要がある。事業者は自らを取り巻く、サプライチェーン及びバリューチェーンのつながりを認識し、透明性ある適切な情報開示が求められる。
農林水産業においては、生物多様性に配慮し、生態系サービスの提供を積極的に拡大するための持続的な生産活動を行うことが求められ、開発事業においては、事業実施により生物多様性への悪影響が生じないよう必要措置を行うことが求められる。
金融機関においては、生物多様性に配慮した事業活動に対し優先的融資を行うなど、ESG投融資を通じた生物多様性の保全への貢献が求められる。
事業活動以外にも、事業者による社会への貢献も期待され、生物多様性保全の取組実施や資金提供等も地域の生物多様性保全に大きく貢献する。
工場敷地内の緑地や社有林等の中には多様な動植物の生息地・生育地となっている場所もあり、OECM 等の管理により生物多様性保全寄与も期待される。
③研究機関・研究者・学術団体
研究機関・研究者・学術団体は、基礎研究及び応用研究、モニタリング調査等から得られた結果に基づき、我が国の社会経済活動が国内外の生物多様性に与える影響など、生物多様性保全に関する政策決定に対する知見提供や、効果的な生物多様性保全方策の提案、それらをわかりやすく社会に伝える役割を担っている。
④教育機関(学校、博物館等)
教育機関は、学校教育・社会教育の場として広く国民の知識習得や体験活動を増進させ、行動変容を促す役割がある。教育活動に加え、行政、研究機関、地域住民をつなぎ、様々な活動を推進する役割がある
⑤民間団体(NGO・NPO 等)
NGO・NPO 等の民間団体は、市民参加モニタリングや自然環境教育を始め、国内外で地域固有の生物多様性を保全するための様々な活動の実践や、個人の参加を受け入れるプログラム提供や体制づくりを進める際の核である。民間団体による途上国での保全活動や国際的視野での科学的情報の収集・分析など活動は、地球規模での生物多様性の保全と持続可能な利用を進める上で重要な役割を担っている。
⑥国民
生物多様性の損失を止め、反転させるには、社会全体の変革が必要であり、国民ひとりひとりも、日常生活において享受する自然の恩恵や、国内外の生物多様性に及ぼす影響を認識し、行動変容につなげ、生物多様性に配慮した持続可能なライフスタイルに転換することが期待される。
生物多様性国家戦略 2023-2030:生物多様性・生態系サービスの世界の現状と動向
「生物多様性国家戦略2023-2030」で取り組むべき課題
「生物多様性国家戦略2023-2030」の目指す姿・2050年ビジョン
「生物多様性国家戦略2023-2030」ミッション「2030 年ネイチャーポジティブ」
基本戦略1生態系の健全性の回復
基本戦略2自然を活用した社会課題の解決
基本戦略3ネイチャーポジティブ経済の実現
基本戦略4生活・消費活動における生物多様性の価値の認識と行動
「生物多様性国家戦略2023-2030」戦略実施に向けた基本的考え方